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上から言葉問題2 科学のための科学

上から言葉問題2

前回、上から言葉問題について触れました。これは立場が上の人は(下の人と違って)ぞんざいな言葉を使ってもよいという日本社会のいびつな慣習です。 科学界だけでなく、日本社会のありとあらゆる場面で、この慣習がまかり通っており、上下の立場関係なく行われるべき活発な意見の交換を阻害します。これが若い人の成長を…
上から言葉問題1 科学のための科学

上から言葉問題1

日本の学会や会合に参加するとあちこちで耳にする上から言葉。どうも私には腑に落ません。個人的には聞いていて正直あまり気持ちのいいものではないです。人によっては初めて会った、接点がほとんどないほぼ知らない人なのに年上だから、同じ学校の先輩だからという理由だけで、上から目線の非丁寧語で話しかけていることも…
2025年 新年の挨拶 自己紹介

2025年 新年の挨拶

皆様あけましておめでとうございます。   今年の6月25日、7月1日はそれぞれ渡米の日から、米国で仕事を始めてからちょうど30年という記念すべき日になります。紆余曲折あっていまだに米国在住ですが、来た当初は研修中という立場ですし、3、4年先にどうしてるかもわからない身分でした。まさか30年…
東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(学んだことは全て役立つ・他人と違うことをする) キャリア

東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(学んだことは全て役立つ・他人と違うことをする)

今まで私が働いてきて実感しているのは、結局、学んだことは全て役に立つということです。 医学部卒業後に選んだ病理学の専門性を生かして、アメリカで解剖病理学および臨床病理学の研修医となることができました。更に、研修医となったあと、ポスドク中に分子生物学実験を行い、更に分子病理診断学後期研修をすることがで…
東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(失敗を逆転させて成功に変える2) キャリア

東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(失敗を逆転させて成功に変える2)

前回に続き、東京医科歯科大学での学術顧問としての講演の続きを書いておきたいと思います。 ハーバード大学でインストラクターという教員として働き始め、バイオバンクの仕事に取り掛かって3年の間はただひたすら前向きコホート内発生腫瘍の組織バイオバンク(PCITB)の立ち上げの仕事を黙々と続けるのみでした。そ…
東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(失敗を逆転させて成功に変える1) キャリア

東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(失敗を逆転させて成功に変える1)

前回の投稿からしばらく間が空いてしまいましたが、今年の初めに学術顧問として東京医科歯科大学で行った講演の続きを投稿します。 前回は日本社会の悪い慣習について述べました。今の日本人一般には、自分自身が自分の人生の主体者になるという考え方が足りていないと思います。社会一般が他の人がそうだから、無難だから…
American Cancer Society (ACS) Professor Award受賞 キャリア

American Cancer Society (ACS) Professor Award受賞

この度、分子病理疫学、免疫学、微生物学、若年性癌の研究等の業績を評価していただき、非常に権威のある、American Cancer Society (アメリカ癌協会) Clinical Professor Awardを受賞する幸運に恵まれました。この賞には、研究資金も含まれており、7月から正式に開始…
東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(日本社会の古い慣習) キャリア

東京医科歯科大学での学術顧問としての講演内容(日本社会の古い慣習)

1月のことですが、東京医科歯科大学にて学術顧問として初めての特別講義をさせていただきました。今年度で2年目に入ります。 私がこのブログを始めたのは、日本の多方面での凋落を海外から実感しており、日本の将来を担う若者にもっと国内外で自分の能力をフルに活用し、活躍してほしいという想いがあったためです。日本…
福島孝徳先生の訃報 キャリア

福島孝徳先生の訃報

小澤征爾さんへの追悼からまだそんなに経っていないのに、もう一つ悲しいお別れがありました。ボストンに来るよりもっと前に、私の渡米初期において多大な心理的支えとなって頂いた、福島孝徳先生がご逝去されたというニュースに衝撃を受けています。 https://neurosurgery.duke.edu/new…
逆境を乗り越えて幸運を掴む2 キャリア

逆境を乗り越えて幸運を掴む2

私は転んでもただでは起きません。 以前の記事と重複する内容もありますが、これまで私のキャリアにおいて、想定外の事態を幸運に変えてきた事例が何度もあったのでここに述べていきます。 1.アメリカ行きを決めたとき 東京大学医学部卒業後、病理学を研究したいと思って同大学の病理学教室に大学院生として入りました…