若年性癌についての総説

一昨年、私の研究室から若年性腸癌についての総説をネイチャー・レビュー(臨床癌科学)誌に発表しましたが(こちらの記事)、今月同じネイチャー・レビュー(臨床癌科学)誌に、今度は若年性癌全般の増加傾向についての総説を発表することができました。この総説については、所属するブリガムアンドウィメンズ病院からプレスリリースが出されて、全米ニュースを含めた様々な媒体で報道されました。地元のボストンのテレビ局からリモート取材を受けて出演したり、芸能ニュースなども扱っているPeople誌にも掲載されたり、その他のマスメディアなどから現在もたくさんの問い合わせをいただいており、この問題に対する関心の高さが感じられました。

特定の原因がどの程度の割合で影響しているかはまだ未知数ではあるものの、過去50年以上にもわたる食生活などのライフスタイルの変化、特に我々の胎児・乳幼児・小児・思春期(一括して早期生命期といいます)における変化が大きな要因であることが推測されていますので、早期からの生活改善の重要さについて多くの人々に知ってもらうためにも、幅広い媒体で取り上げていただけたことはとても有意義だったと思っています。実際に食育や規則正しい生活、運動習慣などを幼児期から家庭でしっかりと指導することが、若年性癌も含めた一生にわたる病気のリスクを左右するということを、一般の人には知ってもらいたいところです。

若年性癌増加は、最近になって医学界で急激に注目され始めているトピックです。特に、私の研究室で疾患モデルとして用いている大腸癌でその傾向は顕著です。例えば、大腸癌では、20代から40代の若年層での発症数の増加が1990年ごろから始まり、今では世界中で急速に進行しています。この傾向はまず先進国で加速し顕著となり、途上国でも遅れてその傾向が出てきています。第二次世界大戦後、1950年代頃から人類にとって未曾有の急激な生活環境の変化が起こり、その変化に胎児期・乳幼児期・小児期に暴露された世代に20年以上を経て若年層の癌として現れているのではないかと考えられます。大腸癌のみならず、子宮体癌、膵臓癌、胆管癌、胆嚢癌、肝臓癌、胃癌、食道癌、頭頸部癌、乳癌、腎臓癌、前立腺癌、甲状腺癌、骨髄腫も同様に若年層で、しかも世界の様々な地域で増加傾向が見られますが、原因については未知・推測の部分が大きいです。食生活などのライフスタイルの変化が原因の一部であることはほぼ間違いないところですが、特定の癌に対して特定の原因の影響を量的に評価するには研究が全く不足しています。

今回の総説で様々な癌をとりあげたのは、若年性癌の増加に加えて、癌のスクリーニングの進化と早期発見の増加の影響も含めた包括的な考察をして研究する必要があると考えたからです。

以前の記事で詳しく述べたように、若年性癌増加の原因を真に解明するには、国家レベルで莫大な投資をして、早期生命期の検体バイオバンク、電子カルテを駆使したライフコース・コホートなどの医療ビッグデータの構築と大規模な前向きコホート研究などを行なっていく必要があります。こうした大規模前向き研究では一つのコホートの中で様々な癌をとらえることができるので、結局は各々の疾患ごとの患者対象研究を疾患ごとに作るよりは科学的にも経済的にもいろいろ利点が多いです。癌だけでなく、様々な病気の原因解明にも寄与することが期待され、重要性は認識されているものの、数十年先までは結果が得られないため、近視眼的な視点ではなかなか実現に至らないのだと思います。日本でこのような研究ができれば、世界に先駆けて有益な研究成果を得られると思います。

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