世界初の西洋式食事と大腸菌と大腸癌発生の関係の解明

今回は私たちの研究室からGastroenterologyに最近掲載された興味深い研究成果について書きたいと思います。熊本大学のKota Arima先生が筆頭著者の今回の論文は、前向きコーホート研究により西洋式食事がpks+ E. coliという大腸菌の一種を癌組織中に多く含む大腸がんの発生と関連があったという発見について発表したものです。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35760086/

前向きコーホート研究とは、わかりやすく言えば、ある集団について、病気を発症する前からの様々な生活習慣因子を経年追跡して、例えば喫煙、酒、食事の種類や運動の頻度などが病気の発生にどう影響したかを調べるという研究手法です。これに対して患者対照研究は、ある病気を発生した集団とそれを比べる対照群について、遡って様々なデータを収集して原因を探るというやり方です。患者対照研究では、生活因子のデータの取り方、対照群の選び方などでどうしてもバイアスが生じやすくなってしまいます。大規模集団での前向きコーホート研究には費用と時間がかかりますが、エビデンスとしての質は高く、データに信頼性があります。以前も述べた通り、我々のグループでは、Nurses’ Health Studyなどの1976年から続く10万人超の集団の前向きコホートのデータを用いて研究しています。

pks+ E. coliは大腸菌の一種で、大腸がんの原因の一つである可能性の高い腸内細菌として近年脚光を浴びています。最近、世間でも腸内細菌と健康の関係について話題になることが増えてきました。食事などの生活習慣と病気の発生に腸内細菌がどのように関わっているかを科学的に検証するには、動物実験からのデータももちろん役には立ちますが、実際の人間から得られるデータが最重要なのは言うまでもありません。特に私の研究室が手がけるような、大規模前向きコーホート集団を用いてしかも大腸癌の組織そのものを解析活用する分子病理疫学研究は、とても価値があるものだと自負しています。

私の研究室から発表された、食生活と腸内細菌に関連する論文は、以下のようになります。

賢者型食事は歯周病菌としても知られるFusobacterium nucleatumを組織内に多く含む大腸がんの発生を防ぐ傾向にあること(2017年)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28125762/

炎症性食事はFusobacterium nucleatumを組織内に多く含む大腸がんの発生と関連があること(2018年)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29702299/

西洋式食事と大腸菌の一種であるpks+ E. coliを組織内に多く含む大腸がんの発生と関連があること(2022年)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35760086/

ということで5年間で、食事と腫瘍内細菌と大腸がん発生の関係についての3つの論文を発表することができました。未だにこうした解析を追随して研究発表した他のグループはまだありません。

なぜ追随する研究が出ないのかというと、我々の研究は、ハーバード公衆衛生学大学院の栄養疫学の先駆者Walter Willett教授のグループの同じ大規模コーホートでの食事解析法と我々の研究室で行う癌組織内微生物の解析という二つの先端技術を組み合わせているからです。因みに、今回の論文でpks+ E. coliを含む大腸癌の発生を増やすとわかった西洋式食事とは、赤身肉、加工肉や砂糖入の加工食品、動物性脂肪、精製した穀物などが多い食事のことです。一方、5年前に我々が研究発表した賢者型食事とは、非精製穀物、野菜、豆類、魚類、食物繊維が多い食事のことです。ちなみに西洋式食事と賢者型食事は米国人の食事解析において現れた2つの最も際立ったパターンです。我々の研究を応用することで、食生活と腸内環境が癌の発生にどの程度影響しているかを科学的に明らかにすることができるでしょう。

今回の研究成果からは、赤身肉や加工肉、砂糖が多い食事をすることで、腸内のいわゆる悪玉菌であるpks+ E. coliが増加して癌を誘発した結果として、癌組織内に多量のpks+ E. coliが観察されたということが推測できます。これについては、他の研究結果と合わせて追ってメカニズムが詳しく明らかにされることが期待されますが、我々の研究はその解明に大きく寄与することでしょう。この研究とは別に、我々のグループでは癌組織と免疫の関係についても解析を進めていますので、生活習慣等の関連する多因子的な癌の発生メカニズムについて、新しい知見を得ることができます。近年、腸内フローラが病気の発生や体の様々な機能に影響していることは、世の中で広く知られてきており、今回の研究を含めた我々の研究成果は、一般の人の関心も高くニュースになるような価値のある研究であると考えています。実際に、今回の研究はアメリカ以外の色々な国でニュースとして取り上げられましたが、何故か日本でのニュースは目にしていません。以前から言っている通り、癌の発生の予防とそのための食生活等のライフスタイルについての知見を人類に広め、これからも癌の予防を啓発して行きたいと思っています。

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