チャンスを掴む方法3(大一番での実力の発揮:渡辺名人)
ここ一番での勝負所での実力の発揮について、再び私が尊敬する渡辺明名人を皆さんに紹介したいと思います。
普通の棋士の場合、トップ中トップ棋士同士のガチンコ対決となる、名人戦などのタイトル戦でのタイトル獲得率は通算勝率より低くなるのが当たり前です。例えば、豊島竜王の場合通算の勝率が6割8分強で、タイトル獲得率では3割3分(12回登場4回獲得)です。もちろんタイトル戦に出るだけですごいことで、タイトルを4回、しかも名人と竜王と両方とることがいかにすごいかは言うまでもありません。これからの豊島前名人のさらなる奮起が当然期待されますし、渡辺VS豊島の名勝負は、これからなお一層楽しみです。
しかし特筆すべきことに、渡辺名人の場合はタイトル獲得率7割4分(35回登場26回獲得)で通算勝率6割6分強を大幅に上回るということです。これが驚くべき数字であることは将棋に詳しくない方でも理解していただけるのではないでしょうか。
ちなみに別格の羽生善治9段はタイトル獲得率7割3分弱(136回中99回)通算勝率7割0分強、谷川浩司9段はタイトル獲得率4割7分強(57回中27回)通算勝率6割0分強です。もちろんキャリアの後半50代になると例外なく棋士の勝率は下がってきますので仕方のないことです。
渡辺名人に話を戻すと、強敵を相手にした大一番で、普段以上の実力を発揮しているところがすごいのです。ちなみに絶対的第一人者の羽生9段とのタイトル戦は9回対決(竜王戦3回、王座戦3回、王将戦・棋聖戦・棋王戦各1回)して、5回獲得(竜王2回、王将・王座・棋王各1回)しています。つまり渡辺名人は羽生9段が4回以上タイトル戦で対戦して負け越している唯一の棋士です。この対決で渡辺名人は7番勝負では4回中3回獲得。ストレートで2回獲得(羽生9段相手にタイトル戦で2回もスイープした唯一の棋士)。フルセットのタイトル戦では3回中2回獲得。でも通算対戦成績では渡辺38勝対羽生40勝なのですよ。つまり将棋界頂上のタイトル戦、さらには勝った方がタイトルという3対3(あるいは2対2)で迎えた大一番の一戦にさらに強くなる不思議なメンタルとでもいいましょうか。(もし記録の読み落としがあったらすいません。)
これが、私が彼を尊敬する理由であり、自分自身のキャリアでもこの境地を目指しています。
それでは、なぜ彼が大きな勝負どころで普段以上の力を出すことができるのか。私なりに推測してみます。
まずは渡辺名人は大きな勝負で血が騒ぐほど、勝負が好きなのだと思います。将棋棋士というのは静かな人が多いイメージで血生臭さとは無縁だと思っておられる方も多いでしょうが、実際は将棋盤の上での戦いです。棋士はみな、勝負に命をかけているのです。その中でも際立つほどの勝負好きでないと、このような結果が出せるとは思いません。勝負が好きだからこそ、大一番で集中力を発揮できるのだと思います。
それでは、私は大一番の勝負所でどうしてきたか、振り返って考えてみようと思います。
(次に続く)