研究費獲得のためのセミナービジネス?
久しぶりの更新になります。この1ヶ月はアメリカ全土でコロナ感染拡大が続いてきましたが、マサチューセッツ州では感染は落ち着いており、毎日の新規感染者は100-300人くらい、死者が10−20人くらいとなっています。これを「落ち着いている」というのは日本からすると驚きだとは思いますが。経済活動再開も3段階目に入り、街の人出も交通量もようやく以前と同じくらいまでに戻った感じがします。研究室への出勤も申請すれば許されるようになりましたが、私自身は診断業務などの必須の場合を除いて、未だに在宅勤務を続けています。会議、学会その他あらゆるものがズームなど、オンラインを介して提供されるようになり、在宅業務でほとんど済んでしまうのが素晴らしいところです。一方で、直接顔を合わせて話をすることの重要性も感じています。
さて、そんな状況のなかで昨日受けた研究費獲得のためのセミナーについて、考えを残しておきたいと思います。
ご存知の通り、近年アメリカでは、研究費獲得のハードルがどんどん高くなってきています。たとえば、生物医学分野の若手研究者がまず目指すNIHの研究費、R01の採択率は10%-15%前後です。10-20年くらい前まではおよそ20%-30%であったことを考えればこの数字が如何に異常であるかわかるでしょう。以前のブログにも書きましたが、原因は過去の予算増加のペースに対応した博士号と研究者の過剰供給です。その結果、皆が独創的な研究を避けて、予測可能な目先の成果で他人と争うような小粒の研究しかできない状況が生み出されてしまっています。この傾向を変えていかなければ、パラダイム・シフトを起こすような研究やアイデアが、データ捏造や統計解析誤用による悪質な研究に淘汰されて負けてしまうでしょう。私はこの点に関して危機感を抱いています。
そんな状況ですから、研究費を獲得するための申請書の作成に、研究者はかなりの時間を割かなければならないのが実情です。更に、ハーバード大学医学大学院では他の学部や大学にあるようなテニュア(終身雇用)がないので、自分の研究を続けるための研究費を獲得し続けなければなりません。もちろん、研究費がなくなったからすぐに解雇になるわけではなく、診療やその他の業務でカバーは可能ですが。したがって、研究室を率いるために研究費獲得はとても大切な仕事となります。私としては、余裕を持って研究のためのアイディアを練ったりする時間があればもっと良いと思うのですが、現実はそうはいきません。
しかも日本人研究者は分厚い研究費申請書でネイティブのアメリカ人や幼少期からアルファベットで育ったその他の大勢の人たちと同じ土俵にたって勝負しなければなりません。英語が母国語で、幼い頃から訓練を受けてきた人たちの文章力に太刀打ちするのは容易ではありません。これは、はっきり言ってかなりのハンディキャップです。そこで研究内容で勝つしかないのですが、それでも英語力の向上は常に求められます。私が日本での英語教育の改革について必死に訴えているのはこのためでもあります(英語教育についての過去記事)。日本人に圧倒的に足りていないのはディスカッションなどの会話力ですが、書く力も普通は話にならないレベルです。日本の英語教育だけを受けた人で、文章もこちらで通用するレベルの人はほとんどいないといっていいでしょう。言語は聞き話し読み書き一体なのです。
話を元に戻します。そんな状況ですから、先日、研究費獲得のノウハウのセミナーがオンラインで開催されたので参加してみました。所属するブリガム・アンド・ウィメンズ病院が民間会社と契約して提供するもので、2日間、7時間に渡る長時間でした。セミナー自体は、研究費の項目ごとに書き方のコツを懇切丁寧に説明してくれ、知ってることも強調され、今までなかった視点も得られたという意味では有益なものでした。プレゼンターはこの道のプロで、とても流暢にいろいろなことを教えてくれます。ブリガムに所属する多くの研究者が参加していました。
でもちょっと考えてみましょう。このようなセミナーがビジネスになっているという状況はどうなのでしょうか?セミナー自体は有益としても、要は小手先の書き方の技術を教えているだけで、本質的な研究の質の良し悪しとは全く関係のないものです。そんな表面的な技術で研究費獲得が左右されてしまうというのが現実なのです。極端な話をすると、数個のスペルミスが命取りになるような現状なのです。
実際にセミナーではあまりにアイデアが斬新すぎると研究費は取りにくいと断言してました。自分の経験からも100%同意をせざるを得ませんが。しかし研究をしたければ研究費を取るしかないので、致し方ないと割り切るしかありません。