ワシントン出張2(AACRのイノベーションサミット)

しばらく更新が滞ってしまいましたが、先月末のワシントン出張の話の続きです。

NIHの研究費の審査会の後は、米国癌学会(AACR)主催の癌科学イノベーションサミット会議(議題は併用療法)に招待されて出席していました。

この会議は3日間に渡り、免疫療法、化学療法、放射線療法、分子標的療法、その他の領域の癌科学の専門家、約50名が参加しました。私を含めて、その中から選ばれた参加者が専門分野について講演し、そのあと全員で対癌併用療法のイノベーションにつなげる研究ついて話し合いました。

癌の併用療法について少し説明します。

従来、癌に対しては抗癌剤を使用する化学療法、放射線治療、外科的手術などの手法の組み合わせで治療が行われてきました。

近年はこれに加え、がん細胞の増殖・生存に関与する物質に結合することで、従来の抗癌剤よりも特異的な分子標的薬や、昨年のノーベル賞などで注目される免疫チェックポイント阻害薬(分子標的薬の一種ともいえる)などの新たな治療法が出現しました。

これらの治療法は万人に有効というわけではなく、遺伝子型等の体質に影響される上に、従来の治療法との組み合わせで効果が変わるケースもあります。併用療法とは、従来の治療法同士に加えて新たな治療法の併用も行う治療法のことで、研究には治療成績の向上が期待されています。

この説明からも明らかなように、それぞれの分野の専門家、臨床に関わる医師、基礎研究者、治験の実施などが治療成績の向上に必要となってきます。AACR主催のこのサミットは問題解決のために、各分野のトップの専門家を招集して講演を行ってもらい、レセプションやディナーの場での意見交換を促進するという狙いがあるようです。

それでは、癌の併用療法に対して私の専門分野である分子病理疫学(MPE)はどのように役立つのかということについて説明したいと思います。

以前から色々と述べているように(詳しくはこのシリーズ参照)、MPEは食生活などのライフスタイル、個人が持つ遺伝子型、免疫システム及び微生物等と癌との関連性を人の大規模集団データを用いて明らかにしています。

分子標的薬や免疫療法の効果が人により異なるのも、こうした個人レベルの違い(例えば分子標的薬のターゲットになる物質の量など)が治療効果に大きく影響するためと考えられます。しかし当然のことながら、薬の効果に個人差がある原因は完全に解明されたわけではありません。併用療法となると話は更に複雑化します。

近年、精密医療/個別化医療がもてはやされているように、最新の医学は個人の持つ特性によって治療法を変える方向に進んでいます。ただその精密医療を完全に実現するためには、単に従来の研究方法を続けるだけではなく新たな研究パラダイムが必要になっています。

MPEは、ライフスタイル、遺伝子、内在性微生物の違いが癌細胞、免疫細胞や他の癌微小環境の構成要素にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることができますので、将来的にはMPEと同様の分析手法を併用療法の効果の解析にも応用可能であると考えられます。

こうして、ある治療法がどのタイプの人に効果があるのか、どういう生活をすればよりよい効果が期待できるか、ということは今後癌治療が発展する上で不可欠な情報になることは言うまでもありません。

私はMPEの研究成果を通じて癌予防を促進することが、大局的に見ればより人類のために必要であると考えていますが(癌予防についての記事)、MPEはこのように、癌治療の発展にも貢献することができる学問です。

MPEの話が長くなりましたが、ミーティングでは微生物学/免疫学MPEを中心に専門家の前で発表を行いました。

今回のミーティングで特に良かったことは、今まで会う機会がなかった癌科学のトップレベルの専門家の研究内容を知り、密に意見交換できたことです。

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