分子病理疫学(MPE)3(微生物学MPE)
このブログの初期に私が提唱して体系化した学問である分子病理学(Molecular Pathological Epidemiology、略してMPE)について解説しました(MPE1、MPE2)。AACRアトランタで私が発表したとおり近年はMPEを微生物学・免疫学などの他の学問と融合するプロジェクトに重点を置いています。
人体には様々な場所に微生物が棲んでおり、その微生物の数の総和は人体を構成する細胞数よりはるかに多いのです。これら人体にいる微生物の総体をマイクロバイオムと呼びます。
近年、発癌には腸内細菌などの腸内の微生物や免疫システムが深く関与していること、更に、腸内細菌と免疫システム自体も密接に関連しており、腸内細菌の構成には食生活等の生活習慣が深く関わっていることがわかってきました。腸は人体で最重要の免疫組織の一つといわれる所以です。
つまり、生活習慣・腸内細菌・免疫システムの変化等により起こる変化を腫瘍微小環境において分子レベルで感知して、人の集団レベルで病気発生・進行との因果関係を分析できるMPEは、複雑なリスクファクターが絡み合う癌の原因解明に非常に強力なツールとなりうるのです。
今週はボストンで開かれたトランスレーショナル・マイクロバイオム会議で微生物学とMPEを融合した微生物学MPEの研究結果について発表したのですが、今回はその内容について一般的な解説をしたいと思います。
私の研究室では大腸癌をモデルとして用いています。最近腸内フローラという言葉が一般的になりつつあるように、大腸には食生活等が影響して人により異なった種類の腸内細菌が生息しています。また、腸内細菌は人の体にとっては異物ですので、腸粘膜にはたくさんの免疫細胞が集まっています。つまり、大腸癌は腸内細菌・免疫・癌の関連性を調べるのにとても適したモデルと言えるのです。
因みに癌も人の体にとってはある種の異物ですので、免疫システムが正常に働いているうちは、癌細胞が形成されたとしても、その多くは免疫の働きで除去できると思われます。ところが癌細胞は免疫の働きを抑える仕組みなどを発動させることで免疫のブレーキを突破して癌が発病すると考えられています。また、このメカニズムに腸内細菌が何らかの形で関与していると思われます。
しかしながら、主に腸内細菌により構成された大便中の微生物の構成は人により様々で種類も豊富すぎるため、どの細菌が発癌に関与しているかを見極めるのが困難なのがネックです。そこで私は大腸癌の組織中に生息する微生物群、特に細菌Fに着目することにしました。癌の組織中に生息するのであれば、何らかの形で発癌に関与している可能性が高いと考えられるからです。
次回は細菌Fと発癌メカニズムの仕組みについて書きます。