分子病理診断と精密医療

分子病理診断は先端癌医療の縁の下の力持ちです。

私は研究に加えて、ハーバード大学医学大学院関連病院の一つであるブリガム・アンド・ウィメンズ病院で分子病理診断を行う病理科医師でもあります。1年に6週間を診断業務に充てています。

先週は当番の週でした。当番になると通常の研究関連業務に加えて診断関連業務も行うためとても多忙になります。具体的には、その週に検査結果が出た癌の分子病理検査の最終診断を私の責任で確定していきます。

現在主流となっているのは、次世代シークエンス技術を使いて癌に関連する400遺伝子の変異を感知するパネル検査です。

癌の種類ごとに重要な遺伝子群は異なりますが、この検査では様々な癌と関連がある遺伝子群を網羅的に解析することで、一回の検査だけで色々な癌の遺伝子変異の検出が可能となったのです。更に、よく知られた癌遺伝子間の再編成も検査できるようになっており、より精密に癌の遺伝子異常を診断できます。

これは正に近年脚光を浴びている精密医療(プレシジョン・メディシン)の一端で、個々人の癌に合わせた治療を可能にします。そして分子病理診断学はこのように縁の下の力持ちとして精密医療と密接に関わっています。

私が下す診断、例えば「肺腺癌にあるEGFRに特異的な変異あり」という診断がEGFRシグナル経路を標的にした治療を選択する根拠になるのです。

現在ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の病理科では蛍光分子を使った癌組織の免疫細胞検査も開発中です。これが可能になれば、患者さんのタイプに応じた免疫療法が選びやすくなるはずです。

皆さんもご存じかもしれませんが、現在の癌の免疫療法は効果に個人差があり、高価な薬剤と治療効率とのバランスが問題となっています。もし精密医療が進化すれば、患者さんごとに適した薬剤が効率的に選択可能になります。蛍光分子検査はもうすぐ実際の症例に使われるようになるはずなのでとても楽しみな検査です。

他にもよく行われる分子病理診断検査として、DNAメチル化検査、デジタル・ドロップレットPCR、HPVタイピング検査、などいろいろあります。それらも当番の週には黙々とこなしていきます。

さらにもうひとつ重要なのが、癌細胞の比率が低いなどといった様々な理由のために検査ができない症例を一つ一つチェックするという仕事です。細胞あるいはDNAが足りず上述の検査ができない患者さんの癌の最終判断を我々がしなければならないのです。

今週は大変忙しい週でパネル検査だけで100例近く診断したのではないでしょうか。一緒に仕事をしたフェローとレジデントが優秀だったので今週は特に症例は多かったものの、金曜日の19時には全ての業務を終わらせることができました。

我々は患者さんと直接話すことはない言わば黒子で、もっとも感謝されるのは臨床科の先生です。例えそうでも、我々は正確で的確な分子病理診断を尚一層進化させ、患者さんがよりよい治療を受けられるように頑張ります。

*写真は私が働くブリガム・アンド・ウイメンズ病院のメインキャンパスです(公式HPからの引用)。

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